1996年9月14日

 熊本日日新聞「新生面」より


東京の世田谷区立世田谷美術館(大島清次館長)は環状8号線、通称「環8」沿いの砧公園内にある。ポストモダン風の瀟酒な建物は建築家内井昭蔵氏の代表作の一つに数えられる。▼心地よい雰囲気と優れた企画に誘われて、何度か足を運んだ。同館は企画展もさることながら、そのユニークな収蔵品が美術愛好家の間では知られている。その一つがプリミティーフ(素朴画家)と呼ばれる作家たちのコレクション▼素朴派といえばアンリ・ルソーに代表されるが、他にもボーシャン、ボンボア、メテルリなど、収蔵品は数多い。古典的遠近法や明暗法にとらわれず、細密な描写と鮮烈な色彩で表現した彼らの作品は、職業画家にはない独自の魅力を備えている▼この世田谷美術館に、熊本市の久永強さん (七八)の油彩画『シベリアシリーズ』四十三点が一括して収蔵されることになった。久永さんは六十歳になってから絵を始めたというアマチュア画家。戦後四年間のシベリア抑留のつらい記億を思いを込めて描いた▼シベリアシリーズといえば故香月泰男氏の画業が思い出される。過酷な体験を題材に、方解石末をまぜた黒絵で描かれた作品は、清烈な詩情にまで高められている。浜田知明氏の『初年兵哀歌』シリーズとともに、第二次大戦を題材にした代表的作品とされている▼久永さんの絵はそうしたブロの作家たちと比べることはできないが、素朴派ならではの率直な表現は独特の訴求力を持っていることも事実だ。そこに目を付けたのが世田谷美術館。素朴画家の収集に熱心な同館ならではで、収まるべきところに収まったとの感が強い。



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